新型コロナウイルスによる感染症(COVID-19)による感染が広がるにつれ、各企業では従業員を守るための対策をし始めました。どういう対応をすべきか、対応が遅れる理由はなぜなのか。まとめてみました。
対応策を発表している主な企業
感染拡大を受けて、多くの企業が対策に乗り出しました。報道発表資料等で下記のようなものが確認できます。
他にも発表されていないだけで、何らかの対策を講じている企業は多くあると思われます。
対応の内容としては、「リモートワーク・テレワーク・在宅勤務」の制限緩和など、出社そのものを控えることを主な対策としています。これは、首相官邸のページなどで、感染しやすい場所として「満員電車」が挙げられていることからも有効と思われます。(※1)
中でもGMOインターネットの対策は徹底しています。(※2)
【1月26日時点】
- ほぼ全従業員の2週間の在宅勤務
- 中国国内出張中の従業員の帰国
【2月7日時点】
- 原則在宅勤務としつつ、止む得ない場合の出社を認める
- 時差通勤等混雑の回避
- N95マスクの着用
- 入室前の手洗い、うがい、検温のチェック。
- エレベーターのボタンは1時間ごとに消毒
- 来客をサーモグラフィで検温。37.5度以上の場合「お引取りいただく」
外部から見ると「ちょっとやりすぎじゃないのか?」と思われるかもしれないレベルですが、対策が中途半端になるなら、結局やらなかったことと同じになります。
いち早い感染対策が求められる理由
上記で事例にあげた企業は、やはり事業ドメインをICTとしている企業や、ホワイトカラー企業が目立ちます。小売業や製造業、建設業など現場を持つ多くの企業では簡単に「リモートワーク」に踏み切れないといった事情があります。
しかし、ICT関連企業といっても、すべての業務を直ちにリモートワークにするのはリスクがあり、そう簡単ではありません。業績への悪影響を心配する人もいますし、従業員の中にはリモートワークに反対する人もいるでしょう。GMOインターネット熊谷代表のブログなどでもそのあたりの配慮が見られます。(※4)
にもかかわらず、企業が感染拡大への対策を急ぐ背景には次のような理由があります。
- 従業員の安全衛生・健康維持
- 社会がよりひどい感染状況になって対策手遅れになるのを防ぐため
- 従業員とその家族の心理的安全性の担保
万が一自社から「通勤経路での感染者第1号」を出してしまったら、そのことの経営に与える影響は計り知れません。安全のため直ちに全員を2週間自宅待機にしたり、建物を消毒したり、疫学調査に協力したり、波濤のごとく迫ってくるマスコミからの取材に対応したりと、経営リソースを根こそぎ奪われ、業務再開の目処を建てることすら大変になります。そうなる前に、自社から感染者を出さない努力が必要なのです。
仮に自社から感染者が出なくても、パンデミックが起こった場合、公共交通機関が減便するなど大幅な不都合が発生する可能性があります。そうなってから対応を始めても手遅れにならないようにするためにも早めの対策が求められます。大雪で電車が止まり帰宅難民が出る前に退社させる、などと似たようなものを想像してもらえばわかりやすいかもしれません。
また従業員とその家族の心理的安全性を担保とは、「満員電車に乗りたくないな」と思う従業員がそれを避けられるようにし、外出を心配する家族に対しても、安心感を与える、ということです。単なる健康管理にとどまらず、心理的安全性を与えられる企業でないと、生き残ることができません。
危機管理に関しては
- 可能な限り早く手を打つこと
- 中途半端ではなく徹底的な対策にすること
が、これまで以上に求められています。
実施したタイミングは適切だったのか?
ところで、今回、各企業が発表した事例を時系列整理するとこんな図になります。
GMOインターネットは1月27日に対応を開始しています。一方、今回、多くの感染者が発生している「タクシー組合の新年会」は1月18日です。その時点ですでに国内で二次感染が広がり始めていたということになり、この点だけを見ると「手遅れだった」とも言えます。
もちろん、これは結果を見ているからこそ言える話です。
企業が対応をするためには、情報収集から実施までタイムラグが発生します。企業規模が大きくなるほど、タイムラグも大きくなりがちです。国内で人から人への二次感染が確認されたと発表されたのは1月28日(※4)。各社が対応した1月下旬〜2月中旬というのは可能な限り早く実行できたタイミングだったのではないでしょうか。
一方で、残念ながら、いまだ対応ができていなかったり、対応していても中途半端な対策に終わっている企業や組織も存在します。それは一体なぜなのでしょうか?
対応が遅れるのは「正常性バイアス」のせい
対応が遅れたり、中途半端に終ってしまう企業や組織が共通して持つ課題。それは、「正常性バイアス」という人の心の動きによるものです。
正常性バイアスとは、言ってみれば「心の慣性の法則」のようなものです。一度転がりだしたボールは、それに逆らう力がない限り転がり続けます。それと同じで、人間の心にも慣性の法則があります。なにか違和感を感じる出来事があっても「まだ大丈夫、まだ大丈夫」と、我慢したり無視したりしてしまうのです。
日常に起こるすべての変化や違和感に敏感に対応していたのでは逆に気持ちが持ちません。心を安全に守るために、人間の心には「正常性バイアス」があらかじめ組み込まれているのです。
マスクの話をしましょう。
「買い占めが始まった」という話を聞いたときに、すぐに実際に近所の薬局やコンビニを回って自分もマスクを買いに行った人はいますか?逆に、「いまから行っても売り切れてるだろうから」「どうせすぐにマスクが増産されるから」と買いに走らなかった人は?今、手元にマスクは手に入っていますか?
買い占める行為はもちろん問題ですが、同様に、その時になんのアクションも起こさない人も、自分が根拠ある理由のもとにそうしたのか、「正常性バイアス」にとらわれて何もできなかっただけなのか。よく考えてみる必要があります。
「正常性バイアス」から逃れるには
GMOインターネットが「全社員を自宅での作業とする」という発表をしたときに、「そんな大げさな」と思ったり、中には笑ったりした人もいるのではないでしょうか?もし1月に「東京マラソン一般参加の取りやめ」が発表されていたら、同じように受け入れられたでしょうか?
早く対策を始めるほど、関係者をリスクに晒す時間を短くすることができるのですが、実際にそれを行動に移すには相当のパワーが必要です。
感染状況は刻々と変わります。これからもますますイベントの中止や変更が発表されると思います。在宅勤務を推奨する会社も増えるでしょう。周りで起こる変化に対して、「自分は大丈夫」と根拠のない言説で自分自身を納得させるのか?やれることをやって「あれは大げさだったね」と後で笑い話にするのか?
第一報のあとすぐにマスクや除菌スプレーを準備できた人はどれだけいたでしょうか。危機に対応するには、普段から備えをしておくことがなにより有効です。
また、誰しも、「みんながそうしているから」と、真似をするのは簡単です。正しい情報や危機感を共有できる仲間を持つことも、正常性バイアスを打ち破る方法になるかもしれません。
※1 https://www.kantei.go.jp/jp/headline/kansensho/coronavirus.html
※2
https://www.gmo.jp/news/article/6641/
https://www.gmo.jp/news/article/6666/
※3 https://scienceportal.jst.go.jp/news/newsflash_review/newsflash/2020/01/20200129_02.html
※4 https://www.kumagai.com/?eid=8260
※日付は特に断りがない限り2020年のものです。図表は各社発表資料、報道資料等から筆者が作成しています。イラスト素材はいらすとや様